月別アーカイブ  [ 2011年07月 ] 

太田省吾さん

私が役者を志すきっかけになったのが太田省吾さんの作品との出会いでした。
偶然つけたテレビの劇場中継で『棲家』を観て、
たまたま開いた地方新聞の“東京の演劇案内”というコーナーで、
『↑(やじるし)』に目が留まり、
その1センチ幅くらいの小さな枠に書かれた“↑”が、
浮き上がってどんどん大きくなって目の前に迫ってきました。
そして「これだ!!」と家を飛び出したのが18歳。
その後に導かれるように太田さんに出会い、何本かの作品をご一緒させていただきました。

太田さんは私にとって原点であり、師匠であり、人生の道しるべのような存在でした。

7月13日が命日で、太田さんが亡くなられて丸4年が経ちました。
時の経つのはほんとに早いものです。
太田さんが今生きていたらこの日本の現状の中でどんな作品を創っていただろう。。。

9.11の前に書かれた『↑ヤジルシ~誘われて』には、“大きくくぼんだ地面一帯にがれき”と書かれていた。
ところがそれを予知してたかのような光景が現実にあらわれ、
“プレスされた家財道具が地面一帯に広がる”と書き替えられた。 
私の役はその中を自転車に乗って登場し、子供たちに火とは何か、水とは、鳥とは、人とは何かと野外授業を行う。
そこへ黒い雨が降ってくる。。。

わたしにとってこの状況や光景が想像し難く、この世界の中で立つことがとても困難でした。
ところが9年経った今、テレビ画面に映る東北地方の光景を見て衝撃が走ったのです。
まさにあの舞台は遠い未来だった今を映し出したものだったのかもしれない・・・と。

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左から照明の小笠原純さん、私、太田さん(写真)、美津子夫人、品川徹さん

今日は太田さん宅にお線香をあげにいきました。
美津子夫人のおいしい手料理が食卓に並び、普段いただくことのない高級ワインと、地元の人でも手に入りにくいと言われる屋久島の焼酎「三岳」(みたけ)をじっくり味わいながらみんなでおいしくいただきました。
話は尽きず、永遠に続きそうな勢いで、しかもいい気分。

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照明の佐々木真喜子ちゃん           ↑これ三岳

太田さんに感謝。


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