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これまでの日々~2004

サンタがうちにやってきた

夏から気になってたんだけど、なかなか時間がなくて放ったらかしてた。
南側の窓の戸車がはずれて右に2センチ程傾斜。ずっと、マッチのケースを折りたたんで噛ませていた。
入り口のドアのちょうつがいの不調。いつでも誰でも入れる状態!!
湯沸かし器が点火しないので、ずっとつめた~い水で食器洗ってた。
こうやって挙げてみると、何だか吹きさらしのひどい部屋に感じる・・・。
不動産屋さんから連絡を受けた各業者の人たちが工具箱抱えて笑顔でやってきた。
ネズミ色の作業服だったけど、みんなが幸せを運ぶサンタに見えた。
何とか年は越せそうだ。
..2004年12月24日(金) No.228


忘れ物

慌ててクリーニングと、荷物を出しに家を飛び出した。
まず、段ボールと小さい荷物の上に、洋服を積み上げた状態でクリーニング屋さんへ。私が店に入るなり、前回のすでに仕上がった洋服が出てきて、何だかカウンターの上がごった返してしまった。洋服を置き去りにして、そのまま宅急便取り扱いのお店へ直行。荷物を預けると、食料の買い出し。そして再びクリーニング屋さんへ。落ち着きを取り戻すと、洋服を受け取って帰宅。
やっと食事。今日はパスタにしよう。お湯が沸いてパスタを投入・・・、とそこへクリーニング店から電話。「おつりお渡ししてますか?財布の中、見てもらえますか?」
見たけど・・・「さっぱりわからないです。いくら入ってたかもさっぱりわからないです。・・・たぶんいただいてます。」と電話を切って、パスタ作りへ。
柔らかくなる麺とともに記憶が蘇ってきた。そうだおつりもらう前に店飛び出しちゃったんだ!買い物の時、財布の中身があまりにも少なくて、“今月きついな~”って思ったんだ!
おつりを受け取りに行ってびっくり。9000円もあった!どうりで財布の中身が少なくなってたわけだ・・・。
気付よ・・・。
..2004年12月20日(月) No.227


山口

高校演劇のワークショップで山口へ。
高校生は平日授業があるので、夕方彼らの授業が終わり、掃除の時間が終わる頃に自転車に乗って登校。
なつかしい。自分が高校生の頃を思い出してしまった。
土日、彼らは学校が休みなので、朝9時、自転車に乗って登校。
校庭では野球部員の掛け声、陸上部の走りこみ、テニスボールを打つ音、吹奏楽部の楽器を奏でる音。いったい君らは何時から来ているんだー?!
そして今日は私の誕生日。若者達に囲まれ祝福を受け、たっぷり英気を吸い取りました。
みんな、ありがとう。
..2004年12月12日(日) No.226


松本

ありがとうございました。無事公演が終了しました!
6月から始まって、いつの間にか夏が過ぎ、秋に突入し、もう12月になってしまってました。
10年ほど前、松本で公演した時スタッフに連れられておいしいそば屋に行った。それ以降、仕事で松本に行く度に探したんだけど、私が名前や場所をうろ覚えだったせいもあって一向にたどり着けなかった。今回地元の方に尋ねてみたところ何年か前に移転してたことがわかった。どうりで・・・。
さっそくみんなを引き連れてそば屋へ。“お前の記憶は当てにならない”とみんな半信半疑でついてきた。あった!!!!!これこれこのそば!この味!感動~。みんなからも感謝され、ますます感動~。
お腹いっぱいになったところで温泉へ。普通に温泉につかれたらそれでよかったのに、なぜかそこは保養施設のようになっていて、水着を着用しなきゃいけなかった。100円でレンタルしたら、なんとそれは紺色のスクール水着!あの昔懐かしのお腹の下あたりが2重になってるやつ!(上手く説明できない・・・)この歳になってまさかスクール水着を着るなんて夢にも思わなかった。それでも勇気を出して着替えようと水着を手にするんだけど、笑いがこみ上げてきて、涙で水着がかすんで、一向に身につけることが出来なかった。
浴場に入ると、お年寄りばかりで、みんなが湯船から顔を出して、物珍しげにぽか~んと口を開けて私たちを見るもんだから、またおかしくなって涙を流しながら大笑いした。
男性陣も紺のスクール水着で、お互いの情けない姿を見合っては笑った。
たくさんの貴重な体験をして、たくさんの思い出を胸に、ー1℃の松本から帰ってきました。寒かった・・・。
..2004年12月3日(金) No.225


水戸

またもや紅葉が美しい。ほんとに天気に恵まれ、短かったけどいい旅でした~。
2日目、みんなと別行動して劇場までの道のりをぶらっと散歩。城跡のお堀には樹齢何百年ものイチョウが見事に黄葉してて、見上げると、雲一つない晴れ渡った秋の空の“青”が、イチョウの“黄”と重なって、よりいっそう青くまぶしきく映った。
劇場の隣の美術館で、写真家夫婦と漫画家の娘の、“家族の記録展”とも言える「まほちゃんち」を見た。一家の思い出の数々、よくまあこんなに大切にとってあったものだと感心してしまった。と言うのも、娘まほさんの幼少期のちょっとした落書きまでも展示しているのだから・・・。
このままこの一家が思い出を収集するならば、うちの中が思い出の品だらけになってしまうんじゃないかと、私はそこまで思い出に縛られて生きていきたくないな、とかいろいろ考えさせられた素晴らしい展覧会でした。
見終わると、エントランスにあるパイプオルガンの演奏会が始まった。やばい、楽屋入りしなければ・・・。うっ、食事もまだしていなかった・・・。しまった・・・。
一曲だけ聴いてうっとりしてたんだけど、思いっきり拍手すると、後ろ髪を引かれつつ楽屋へ走った。
..2004年11月29日(月) No.224


つくば

今日はとってもいい天気でした。街路樹はみごとに紅葉していて、時たま吹く風に落ち葉が舞って。
昨日行った飲み屋で、地元の人にちらっとプラネタリウムがあると聞いて、「つくばエキスポセンター」へ。
お客さんは私たち以外に老夫婦。一番良い席を陣取って上映を待っていたら、100人くらいの小学生がやってきて、リクライニングシートで横になってる私たちの頭の上をまたいでいった。
いよいよ上映開始。私の好きなベートーベンの「ピアノソナタNo.8」が流れてきて、夕日が沈むと頭上は夜空へ。満天の星空。と突然星が一つだけになって・・・。
“電球が切れてしまいました。取り替えるだけの簡単な作業なので15分程で終わりますから、トイレに行きたい人は~”と、場内係員のおねえさん。
そして、騒ぎ始めた子供たちに、
“プラネタリウムの電球が切れるなんて、めったに見られるものじゃないから、交換している様子を見たい人は今のうちに~”と、おねえさん。
中央に集まって、静かに電球交換の作業を見守る子供たち。
なるほど、上手いこと言うな~。私たちも、舞台上でセリフをど忘れしたり、何かハプニングがあった時には、”こんなことめったに見られるものじゃないから~」とか言ったりして・・・。
電球交換が済んでも、またトイレに行きたくなる子供たちがいたりして、結局20分押しで再会。最後の方はちょっと意識無かった(寝てた)けど、とってもいい時間でした。
あ、つくばはお米がすっっっっごくおいしい!!コンビニのおにぎりとか、焼き肉屋のご飯(終演後食べに行った)とか。
..2004年11月25日(木) No.223


地方公演

今日から始まります。けっこうハードスケジュールで、観光の余地なし。たぶん・・・。
これからつくばに行ってきます。そしてさっそくソワレ。
その前に、劇場が変わるから当然演技スペースも変わるわけで、そのための稽古が入ります。
私、けっこう客席側で芝居してたんだけど、そのへんがどうなるのかまったく聞いてないから、行ってからのお楽しみ・・・。
あ~、やらなきゃいけないこといっぱいだ~。
では行ってきます。
..2004年11月24日(水) No.222


千秋楽

幕が開いてしまうと、早い!
あっという間でした。
連日、劇場は超満員。早い時間から当日券を求めて劇場入り口に並んでくださるお客様。せっかく足を運んでくださってるにもかかわらず、チケットが手に入らずお帰り頂いているお客様がたくさんいらっしゃるようですね。とても残念です。
キャスト、スタッフ全員が何とかならないものかと、いろいろ知恵を絞ってはいるのですが・・・。
もしよろしければ、つくば、水戸、松本での公演に、旅行がてらいらしてくさい!
ではでは。
..2004年11月21日(日) No.221


危ない危ない・・・

昨日は日曜マチネ。この日は先行予約ですでに完売になっていたので、ほとんどの出演者に知り合いのお客さんが来ていなかった。ここのところ、終演後楽屋で軽くビールを飲むというのが習慣になっている。この1杯がうまい!だいたいメンバーは決まっているのだが・・・。
その後みんなで居酒屋へ。昨日はちょっと賑やかに徐々に人数も増えてきて、最後はなぜかカラオケへ。もう止まらない。
せまいカラオケの室内にぎゅうぎゅうに詰め込まれて歌った、歌った。歌本に”阿波踊り・基本~長編~”というのを見つけてしまい、密かに予約して順番を待った。
流れてきた!よしこのリズム。みんな立ち上がり踊り出した。せまい室内で汗だくになって踊り続けた。へんなやつらだ・・・。
さすが”長編”というのはうそではないらしく延々と続きそうで、みんなふらふらになり、このままだと歌わずに踊り続けてタイムリミットになりそうで、それだとカラオケに来た意味がないので、誰かがストップさせた。
終電の時間が近づき、”最後に1曲歌って帰る!”と(みんな大人げない)1曲歌っては、ダッシュで店を飛び出していった。
..2004年11月8日(月) No.220


送別会

アントワーヌはもうフランスに着いた頃だろうか。
終演後、キャストとスタッフで送別会を開いた。私たちからのプレゼント(アントワーヌと書かれた千社札、アントワーヌ・コーベとデザインされた特Tシャツ(とてもセンスのいい素敵な仕上がり)、みんなからのメッセージ付きのアルバム)を感激して受け取ってくれた。
ほんとに賭のような作品創りだったので、このカンパニーの結束はとにかく強い。
ほとんど打ち上げのような盛り上がりになってしまい、制作から”まだ始まったばかりですから・・・”と釘をさされた。
でも興奮おさまらず、数人で居酒屋へ。休日ダイヤだということをすっかり忘れていて、終電をのがしてしまった。こうなったら・・・と、とことん飲んで塩山誠司さんと一緒に、この芝居の稽古でずっと通訳をやってくれていた堀内花子ちゃん家に押しかけていった。
もうこれで2度目。すっかり我が家のようにくつろげるようになってしまった。
今日は休演日。昼過ぎまでコーヒーご馳走になりながら過ごすと、ようやく重い腰を持ち上げ帰路についた。
明日からまた楽しく舞台に臨みます。
..2004年11月4日(木) No.219


秋祭り

”ほいさ!ほいさ!”と声が響き渡って、家の前の通りが騒々しくなった。
慌てて外に出てみたら、祭りだ~。
はっぴ着た町内の人達が、御輿かついで練り歩いてた。
祭り好きの私は、一気に身体が目覚め、パワーがみなぎってきた。
今日もいい一日になりそうだ。
..2004年11月3日(水) No.218


いよいよ本番!

今日から三茶のシアタートラムにて、「見よ、飛行機の高く飛べるを」(作・永井愛、演出・アントワーヌ・コーベ)が始まります。
とにかく劇場まで足を運んでみてください。
心よりお待ちしてます。
..2004年11月1日(月) No.217


ああ・・・

稽古場での稽古が終了した。地下2階だと言うのにすごい揺れの地震だった。
アントワーヌ(演出家)は、地震を知らない。今回の来日で台風と地震を何度も体験してしまった。台風はどんなもんだろうとけっこうワクワクもしたらしいけど、地震はやはり恐怖を感じたらしい。
最後の通し稽古を終え、ダメ出し中に”ぐらっ”。アントワーヌのどっしりした佇まいが、一気にきゅっと縮まって、ちっちゃくなってしまった。
あとでみんなで飲みに行った、居酒屋のお姉ちゃんに”新潟で新幹線が脱線したらしい”と聞いてびっくりした。”けど、乗客が無事だったみたい”と聞いてなおさらびっくりした。
朝帰りして、慌ててニュースを見て、驚愕した。
..2004年10月23日(土) No.216


偽物

私の知人の友人が出先で私に会ったらしく、サインをしてもらったらしい・・・。
どんなサインしたんだ?!
もっと美しい女優と間違えて欲しかったわ!とか内心思ってたりして・・・。
私は連日稽古場におりますし、休日はほとんど家で休んでますし、いるとしたら居酒屋です。
それに街でサインをお願いされることもないです。私だって気づく人もいないです。
・・・あ、あ、なんだか悲しくなってきた。
..2004年10月15日(金) No.215


お別れ

「ヤジルシ」でご一緒した、金久美子さんが45歳という若さで亡くなった・・・。
まだ出会ったばかりだったのに、お姉ちゃんみたいに接してくれて・・・。
一緒にご飯食べたり、一緒に飲んだり・・・。
稽古場に入るとまずハングルで挨拶して、席はいつも隣でお互いの役作りの悩みを語り合ったり・・・。
持ち物の整理してて自分はもう使わないからって、すっごい“いいもの”もらって恐縮してたら「きよみちゃんだったら大切に使ってくれそうだから」って・・・。
私が風邪ひいたときには、みそ汁に刻んだネギとショウガすり下ろしたのと梅干しを入れて飲めばいいとか、いろんな健康法あれこれ教えてくれて・・・。
今思えば久美子さんの身体の方がたいへんなことになってたんじゃないですか。
今年1月に会ったとき、久美子さんがきらきらした笑顔で「元気だよ~」って言うから、「じゃあまた遊んでね!」って抱きしめ合ったのが最後になっちゃって・・・。
「うん、あそぼ、あそぼっ!」ってはしゃいだ久美子さんがとっても愛おしかった。
もう会えないなんて信じられないよ・・・。
話したいこといっぱいあったけど・・・。
カムサハムニダ。
御冥福をお祈りします。
..2004年10月5日(火) No.214


いいこと

久しぶりに友人と再会し、「今日は朝までだ~!!」と飲んだものの、最近お酒をまったくと言っていい程飲んでなかったので、あっという間に酔っぱらって、深夜タクシーで友人と共に帰宅。途中コンビニに寄ったりいろいろしていたらしい・・・。
朝、財布が無いことに気づく。ついにやってしまった。警察やら銀行やらいろんなところに紛失届を出し、いい歳してなにやってんだよ・・・と肩を落として人恋しさに携帯を手にし、待ち受け画面を見たら着信履歴が・・・。まったく知らない番号だったけど、留守電も入ってて、「お財布を拾いました。」と女性の声。場所を指定してもらって財布を受け取った。どうやらコンビニに寄って、タクシーを降りたときか乗り込むときに落としたみたいで、コンビニの前の歩道と車道の間に落ちていたらしい。
その拾ってくれた彼女も買い物をして帰ろうと、コンビニ前でタクシーを降りたそうで、ちょうど車から脚を下ろしたところに私の財布があったらしい。
そして彼女も以前、私と同じケースで財布を落としていて、やはり親切な方に拾われ無事帰ってきたと話して、“その親切を受けたから、それを返したまで”と、とても20歳とは思えない、落ち着きのある、しっかりした、よく人間の出来た方でした。
くら~いどんよりした心に、一気に明るい光が差し込んできて、彼女の厚意にただただ感謝しました。
今後気をつけます。お酒は程々に。
ほんとうにありがとうございました!
..2004年9月15日(水) No.213


台風、台風、台風、火山噴火、地震、地震、台風・・・

日本列島何だか無茶苦茶だな・・・。
..2004年9月7日(火) No.212


ご心配おかけしてすみません。

「何の心配もないので、心おきなく芝居やってください」と医師に見送られ、とても元気に退院後、即社会復帰してますのでどうぞご安心ください。
これからずっと舞台が続くので、その前にたっぷり休養がとれてよかったのかもしれません。
今も7時起床の習慣は身に付いているんだけど、9時消灯と言うのは社会復帰と共にどっか行っちゃいました。”規則正しい生活”を維持するのってかなり難しいです・・・。
..2004年8月30日(月) No.211


すっかりご無沙汰しておりました。

もう、秋ですね。
私、生まれて初めて入院してましたよ~。と言っても検査入院だけど。
先月ひどい頭痛がして、仲間の強い勧めで病院へ。
軽い気持ちで検査受けたら動脈瘤の疑いが・・・と言われ、即検査入院。最悪の結果を考えては熱を出し、血圧が30上がり・・・。と不安ながらも毎日死んだようにベッドで寝てたんですけどね。
結局どこにも異常がないってことで昨日退院しました。
脳の検査はもう二度と受けたくないと思うほどきつかった~。
でも今ではすっかり病院の規則正しい生活のリズムが身に付いてて、9時消灯、7時起きです。
あ、いけない消灯の時間だわ。おやすみなさい。
BBSお返事できなくてごめんなさい!
..2004年8月27日(金) No.210


ハロ~

突然聞こえてきた、”ハロー”と言う声。ムムッ・・・これは。カラスだ。カラスがやってきた!
”ハローカラス”だ。
もう、2年ぶりだろうか。まだ生きてたんだ・・・。
ものすごく速いテンポで”ハロー”を繰り返している。30連発!!
これだけ気持ちよく挨拶をされると、いい一日が送れそう。
今日は朝からついてる。
..2004年8月6日(金) No.209


破壊

隣の家が破壊されている。更地にしようとしているのか、建て直すのかわからないけど、激しい音と振動が伝わってくる。
敷地全体を白いシートで囲っているからどうしてるのかわからないけど、きっとショベルカーで壊しているのだろう。何かにぶち当てては跳ね返ってジャンプしているらしい。私も部屋で同時にジャンプ。
窓が破壊される音、”ガシャーン、バラバラバラ”。大きな家だったので、きっと窓もたくさんたくさんあったのでろう。何枚、何十枚と割れていく。9.11のビルの崩壊の映像が蘇ってきた。こんな程度ではなかったのだろうけど・・・。
私がショベルカーに乗ってる人だったらきっとストレスが無くなるほどの快感だろうな。でも、破壊される音だけが聞こえるこの不気味さ・・・。まるで”戦場”の音だ。
..2004年7月27日(火) No.208


暑いっ!

信じられない!ここはいったいどこ?赤道直下か?!
39.5℃・・・40℃?!なんじゃそりゃ?!、
さすがの私も、昨夜の無風状態、30℃を越えた暑さには耐えられず、エアコンのリモコンに手を伸ばして、ついにスイッチを押してしまいました。
いや~どうなってんだ。
..2004年7月21日(水) No.207


子育て

ここのところ何だかミスが多いなと思っていたら、寝不足だったんです。
冷房を使わない私は窓を開けて寝ているので、外の音がまる聞こえなんだけれども・・・。
最近、近所のどなたかのお宅で赤ちゃんが産まれたみたいで、しょっちゅうかわいい?泣き声が聞こえてくる。
夜中もお腹をすかして(たぶん)突然泣き出す。明け方も・・・。
その度に、なぜか私が慌てて飛び起きていたことに今日気づいた・・・。
母性本能ってやつなのだろうか。無意識・・・。
疲れるな・・・・、子育て。
..2004年7月14日(水) No.206


無くした・・・

青山で飲んで、2軒目渋谷で飲んで、みんなと別れてから私のお気に入りの、ほんとにお気に入りの、むちゃくちゃこだわりのある、私に似合いすぎる帽子を・・・かぶってないことに気づいた!
一夜明けて電話したけど、どちらの店にも私の帽子はなく、もう今日は何もやる気がしなかった。どろどろに落ち込んでいる。
気に入った物を見つけるのに2~3年かかるんです、私・・・。2~3年かかってやっと見つけた帽子だったのに~。
でもそんなお気に入りの帽子、かぶってないことにすぐ気付けよぉ~!
はぁ~。ため息ばかり・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いいわ。あの帽子は思い出に変えて、明日からまた3年かけて探すわ・・・。
..2004年7月12日(月) No.205


夏ですね~。

いい天気。心地良い風。
は~、快適です。
昨日は最も”快適な日”だったそうで、なるほど・・・ちょうどいい暑さと湿度、心地良い風でした。
でもここのところ”光化学スモッグ注意報”が発令されたと、どこか近くの拡声器から風に乗って報せが届く。
「ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン」と鳴って、「ただいま・・・・、環境庁から・・・・、光化学スモッグ・・・・、注意報が・・・・、発令・・・・、されました・・・・。」一言一言区切ってゆっくりと喋っている。
地震の時も、「ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン・・・・、ただいま・・・・、地震が・・・・、発生しました・・・・。震度は・・・・」
懐かしい響き。なぜかほっとする。みんなここで生活しているという安心感。
..2004年7月3日(土) No.204


幻覚??

「その河~」で共演し、私の韓国語の先生でもある、金泰希(キム・テイ)ちゃんの芝居を観た後、阿部初美と5時間半お茶をして家路に着いた。これまでの最高は7時間。よく店を追い出されもした。今では長居の私たちをそっとしておいてくれる店を、都内各地に見つけてある。
すっかり帰りが遅くなってしまい、街灯がまばらに灯る薄暗い夜道を歩いていたら、私の目の前を1匹の動物がゆっくりと横切った。ついこの間も口笛で呼び止めてネコを撫でたばかりだったので、今日も・・・と思い、口笛吹いたけどまったく反応を示さず、まるで別の次元にいるかのような異様な雰囲気。
よく見ると、アライグマのようなしっぽ、顔は小さく口元が細長く、たぬきがネコの体つきになったみたいな生き物だった。
路地に入っていったので抜き足差し足で、すぐ後を追った。
あれっ?消えた!いない・・・。どうやって失せたんだ?気配さえも感じられない。
幻覚・・・??
..2004年6月27日(日) No.203


戦い

何やら屋根の上がどたどたと騒がしくなった。しばらくして何やら小さい固まりがいろんなとこにぶつかりながら落ちてきた。すずめだった。
そのあとをカラスが追いかけてきた。葉っぱが覆い茂った庭木にそのすずめは逃げ込んだが、執拗に追いかけるカラス。
1羽のすずめが電信柱の上で、警告を発している。残りの何十羽ものすずめが激しく鳴きながらカラスを攻撃している。
カラスはうざったそうに彼らを追い払いながら、隙を見て木から出て行ったすずめを追いかけると、ついにその足で捕まえてしまった。
鳴き叫ぶすずめ達の声。
カラスは大きなくちばしで2突きして、息の根を止めると持ち去ってしまった。
すずめの鳴き声とは思えない、仲間達の何とも悲痛な鳴き声が今も続いている。
..2004年6月24日(木) No.202


品位の欠落

今日は台風で、駅のホームに集まった人々誰もがびしょ濡れだった。
発車のチャイムと友に駆け込んでくる人達。混んだ電車の中で、傘を持って立つ私の斜め前に二人の女子高生が乗り込んできた。
電車の路線図を見てどこで乗り替えようか考えてたら、一人の女子高生が、「な~に~、この傘!!」といきなり後ろ足で私の傘を蹴り上げたのだ。
どうも、電車が揺れる度に私が手にした傘が微妙に彼女のふくらはぎに触れていたらしい。
蹴り上げる前に、「あの、傘があたってるんですけど」とか言えばいいことなんじゃないのか?それが順序だろう・・・。
唖然として、低い声で「ごめんなさいね。」と言うと、もう一人が「すっごいいやみったらしい言い方~」と言ってきた。
“ああ、言葉に込められた感情は読み取れるのか”としばらく感心して彼女たちを見つめてしまった。
次の駅で一人の女性が乗り込んできて、彼女たちに「この電車で東京駅へ行けますか?」とたずねると、何とまあかわいい優しい声で「あ、この電車じゃなくて、~に乗った方がいいですね~」と親切に教えてあげたのだ。
何なんだ!?またまた唖然と二人を見つめる私。
彼女たちも私の手前、実に気まずそうにしていた。
友人曰く、都会の電車の中が最も人間の品位を無くすところらしい。
..2004年6月21日(月) No.201


初めての”本格的!ハングルでチャット”

もう、いやになった。
韓国の友人2人とつながってしまった。そう、つながってしまったのだ・・・・。
2人の楽しい会話を何とか読んで、画面に向かって笑ってた。
”いけない、いけない。会話するんだった。え~と・・・。”
日本語のキーボード上をハングル探して指をあちこち迷わせてる間に韓国人同士の会話がはずんでいく。
もう自分が何言おうとしてたのか、さっきの楽しかった話題が何についてだったのかさっぱりわからなくなってしまってた。
「お?きよみはどこにいったんだ!?」二人が私を探している。ええい!こうなったら・・・。
「フフフ・・・ハハハ・・・ククク・・・(ハングルで)。」あとは絵文字。もう、終えたい。
”じゃあこのへんで・・・。またね~。おやすみ~。”
口ではこの短い挨拶を何度も言ってるのに、指がついていかない。情けない・・・たった2文字や3文字が打てないーーーーー!!その間にも容赦なく話しかけられる。
もう会話をいっさい受け入れず、沈黙して一言、「バイ」。
..2004年6月9日(水) No.200


多摩川でバーベキュー

の予定だったが、午前中買い出しを終えたところで雨。
その後も降ったりやんだり。結局川沿いに住んでる方のお宅でバーベキュー。
福島三郎さんは執筆中にて欠席だったけど、福島組のスタッフが集まった。打ち上げ会場だった用賀のおいしいイタリア料理屋「グランデ ママ」のシェフのご主人とソムリエの奥様も、おいしいワインをたくさん抱えて到着。
眺めのいい部屋とおいしいワイン。豚の”こめかみ”に塩をつけて食べるというのがとっても美味だった。豚のタンも初めて食べた。牛はさすがに高かったのだけど、生でも食べられるという特上カルビも買ったはずなのだが、結局食べた覚えがない!
豚の”こめかみ”に出会えたからまあいいか・・・。
..2004年6月7日(月) No.199


非常口座席

山口からの帰りの飛行機は満席で、3人掛けの真ん中か、尾翼上の窓際しか空いていなかった。真ん中の席は何かと窮屈なので、迷わず窓際を選んだ。
すると「非常口座席のお客様へのお願い」と書かれた一枚の紙を渡され、“緊急脱出時には救助をお願いすることになるのでこちらを読んでおいていただけますか?”と言われた。
“え・・・緊急脱出?!”
“はい、万が一です。”
“わかりました。”
 *乗務員が非常口を完全に開放するまでの間、他の客を制止すること。
 *脱出シュート下で後から降下する他の客を援助すること。
 *「遠くに逃げて」など、速やかに機体から離れて避難するよう声をかけること。
 *その他(必要に応じ、乗務員が舞台的に指示)
燃えてきた。
すでに頭の中では飛行機が墜落してしまった。でも命には別状無し。非常扉を開ける私。動揺してこちらに詰めかけてくる客を制止。脱出シュート完備。“あ、一番に脱出できるのか・・・ラッキー!”
“・・・いやいや、ちょっと待てよ、滑り降りてきた客の援助があった・・・まだ逃げられないのか・・・。あ、声をかけなきゃ。何がいいかな~。「遠くに逃げて!」ちょっと長いな、「逃げて!」と「遠く!」を大きな声で繰り返すか・・・。所々で「爆発する!」って言えばみんな遠くに走って行くかな・・・”
機内でも真剣に救命具の付け方を見てしまった。
・・・あ、しまった!部屋の掃除してなかった!
あれこれ考えながら、無事羽田に到着したのであった。
..2004年5月30日(日) No.198


お見送り

山口へ行った。
この日は、ちょうどダンダンブエノの山口公演が終わり、大阪への移動日だった。
まずは近藤芳正さんに、いかにも東京からメールしてます、元気でやってますか?みたいなメールを携帯に送っておいて、彼らが出発を待つホテルのロビーへ向かった。
いたいた!長期間の公演でだいぶお疲れのご様子。あなた達のことまったく知りませんって感じでロビーを歩く私。
2度見する近藤さん。”谷川?いやいやそんなはずはない・・・”、3度、4度、5度。近藤さんのその時の表情と、行動がいちいちおかしくて、もう我慢できずに吹き出してしまった。
そして、ホテルの従業員風に、彼らの乗ったバスを見送った。
..2004年5月28日(金) No.197


観劇

何だかまったく予定が組めず、ついにダンダンブエノの公演を見逃してしまった。どなたか御覧になった方、感想聞かせてください。
そして、今日久々に観劇。紀伊國屋でやってる「曲がり角の向こうには」を観に行った。
開演7分前、ただでさえぎりぎりの時間だったのに、間違えて紀伊國屋サザンシアターに駆け込んでしまった。
「げっ!」となって、そこからまたまた走って紀伊國屋へ。
制作の方が待ち受けててくださり、リレーのバトンのようにチケットを受け取ると、場内へ駆け込んだ。もう始まっていた・・・。芝居に遅れていったのは生まれて初めて。皆さんの迷惑にならないようタイミングを見計らって床を這うようにして座席に着いたけど、もう汗だくで、せわしなくハンカチで汗を拭くその姿が非常に迷惑。すみません・・・。
見終わると即楽月と再会。
磯部さんとは10年ぶりの再会で、当時“おにいさん”と呼ばせていただいてただけに、何だか消息を絶っていた身内に会えたような喜びだった。
私と聖子ちゃんはまるで幼稚園児のように手をつなぎ、芝居の感想なんかそっちのけで4人で再会を喜びあった。
..2004年5月24日(月) No.196

台風一過

今日は久しぶりの良い天気。ベランダの花が次々と咲いている。
家の前の街路樹のはなみずきが満開だ。
もう、美しすぎて幸せ!
花をボ~っと眺めながらお茶したいな・・・。
とか、頭に思い浮かべた”幸せなひと時”をかき消すと、今日も重たい足を引きずって出かけた。
..2004年5月21日(金 No.195


菊亭八百善の人びと

終了~。みなさま御覧いただきありがとうございました!
江戸料理に興味を持たれた方も多いのでは。そして伝統ある八百善の料理をぜひ味わってみたいと・・・。
駅弁が東京駅で売られていると思います。あの素材へのこだわり、手間暇かけた手の込んだ料理が、普通の駅弁と変わらない値段になってて、とてもお得。
東京駅で見かけたら是非食してみてください。
と言いつつ、放送してる間の”期間限定品”とかだったら・・・・・、ごめんね!
..2004年5月17日(月) No.194


アブラムシ

ベランダのラベンダー(あ、似てる・・・笑)のつぼみにアブラムシがくっついてる。毎日ベランダで悲鳴を上げながら取り除いている。どこからやってくるんだろう・・・。それとも卵が孵化するのがはやいのかな・・・。
..2004年5月15日(土) No.193


『~動物たちの想い~鈴木一正<日本画>』展

桜がちらほらと咲きはじめた3月から始まり、夏のように暑かった今日、個展は無事終了しました。
画廊に足を運んでくださった多くの方々、宣伝してくださった方々、どうもありがとうございました。
この場をかりてお礼申し上げます。
またどこかで義兄の絵を見かけたら、足を止めて見てくださいね。
..2004年5月12日(水) No.192


雨にも負けず、風にも・・・

ここのところひどい天候でした。台風のような雨と風。朝からすごい雷雨に見舞われ・・・。
ベランダで成長した植物が悲痛な表情でじっと耐えていた。”この風雨と戦うんだー!”と思ってはみたものの、いつだったかやはりひどい風が吹いて、ベランダの鉢植えの植物がもぎ取られたと言う悲しい出来事を経験していたので、今回は即室内へ移動。
ちょっと過保護過ぎるのか?とも思ったけど、大地に根を張ってたくましく育ってるわけじゃないし・・・。
出かけた私は、都会のど真ん中、ビルの谷間に吹き付ける突風にあおられ、傘をさしたまま見事なピルエットを2回!!向かいから同じように風雨と戦いながら歩いてくる人達の険しい表情が笑顔に変わった。まったく知らない人達だけど、コミュニケーションとはこういうものなんだ!と芸人風の笑顔を返すと、傘を閉じて歩いた。
難を逃れた植物達に今日つぼみが大きく成長していた。どれも一斉に咲きそうな気配。よかった・・・。
..2004年4月29日(木)? No.191


楽しかった

福島組の試写会。完成したばかりの3本のオムニバスショートドラマを見る。
どれも面白くて、涙が出た。放送は10月頃のようだけど、CSってことで今のところ私見られない・・・。加入なさってる方、これからの方、これは必見ですよ!お楽しみに~。
思いっきり福島ワールドを堪能した後は、打ち上げ会場へ。ご主人がシェフ、奥さんがソムリエというとても素敵なご夫婦が経営しているイタリア料理屋。料理にあわせて出されたワインはどれもほんとにおいしかった!出された料理は片っ端からたいらげられ、みんなずっとワインを飲み続け、ふとカウンターに目をやると、空のボトルがずら~っと並んでてびっくり!!
いい気分で2次会はカラオケへ。“またみんなでいい作品を作ろう”と盛り上がって歌いまくる。スタッフさん達の歌の上手さにびっくり!!明け方解散。一つの作品を作るために集まって、打ち上げが終わって、みんなそれぞれに別れていくのには、いつも感慨深いものがあります・・・。
ちょっと飲み過ぎてよく寝られなかった今日はまだ少しアルコールが残っていたけど、新国立劇場でやってる「線のむこう側」を観に行った。これには我が劇団の岸田今日子さん、いつも太田作品で一緒の、そして「白い巨塔」で幅広い年齢層に支持された品川徹さんが出ている。演出は韓国のワールドカップ開催式の演出を手がけたソン・ジンチェクさん。
“若者”の千葉哲也さんと老夫婦の存在感、人間の小ささや、感情の豊かさetc・・・観ているうちに自分の記憶の中をさまよい、未来の自分の姿を想像したりした。
楽屋に挨拶に行くと、ちょうどソン・ジンチェクさんがいらしたので、カタコトの韓国語で感想を述べ、あれこれ思いつくままに話をすると、最後に“とても上手に韓国語を話されますね”と誉めてくださったもんだから、ぐっとテンションが上がってしまった。人は誉められて成長する。
..2004年4月13日(火) No.189


眠い!!・・・けど、寝られない・・・むちゃくちゃ目がさえてますぅ~!

「菊亭八百善の人びと」無事、撮影が終了。
スタッフの方々というか、NHKの方々に花束を贈呈していただき、さっそく部屋に飾ったのですが、めっちゃ!部屋が散らかってて花が埋もれてしまってます。
整理整頓したい!!区切りをつけたい!!居心地のいい空間にしなければ・・・。付け毛だったので、ずっと我慢して伸ばしてた中途半端な長さの髪を切り、1ヶ月ぶりの能のお稽古に、義兄の個展が横浜の最終日を迎えたので搬出の手伝い、古谷充子さん(「八百善~」の啓子役でもあり、イラストレーターとしても活躍し、番組の最後のテロップに登場する絵を描いた人)の、チョイス大賞展(大崎・MAP)を見に行き、やはり「八百善~」の打ち上げで、夏川結衣さんや吹越満さん等と朝まで飲み、2時間仮眠すると、今度は2月に撮影した福島三郎作・演出作品の最後の仕上げに大船へ・・・。
途中何度も意識を失ったが、無事完成!!やった~!!!
その後、以前行ったことのある韓国料理屋へ。身体が麻痺してて(迎え酒?)ビール、マッコリ、百歳酒(ペクセジュ)あっという間に腹内へ・・・。
眠い・・・、でもまだ飲める!・・・眠い・・・、でもいつまででも付き合うよ!!
でも強引に家まで送り届けられた。
今・・・ホントに眠い!!だけどまぶたがふさがってくれない・・・。
1週間前から、両目はくぼみ堀深くなっている。左目はもうずっと“三重”になってしまっている。とにかくほとんど徹夜状態の身体を少し休めます・・・。
おやすみなさい。
..2004年4月8日(木) No.188


花見三昧

少し寝坊したせいで、義兄の個展会場(横浜)に昼頃着いた。出かけるにはもってこいの心地いい天気で、会場に駆けつけてくれた友人達の中の一人、阿部初美ちゃんと鎌倉山へ。
鎌倉山は私の大好きな場所。2.5?に240本の桜並木。何年か前、ひたすら歩き続けた末に偶然たどり着いて、昼間だというのに人通りがなく、私一人が降り注ぐ桜吹雪の中を歩いていたという幻想的な体験をした場所。
あいにく今年は車が列をなして賑わっていたし、桜もまだ満開にはなっていなかった。
それでも、風が吹く度にひらひらと花びらが2~3枚降ってくる。それを私は、まるで猫がじゃれついてるかのようにつかみかかった。話によると、落ちてきた花びらを取ることができたら願いが叶うらしい。一枚もつかめずにいる私を横目に、あべちゃんはボ~っと立ったまま手のひらに花びらを乗せているではないか!!唖然・・・。
願いを秘めたまま江ノ島へ。島の裏側にある“岩屋”に着いた頃にはすでに日も暮れ、私たち以外に人通りもなく、野良猫があちこちに身を潜めているだけだった。真っ暗な中、岩場に腰掛け、太平洋から打ち寄せる荒々しい波を眺め、激しい波音に耳を傾けた。感慨深い響きに身体が震えた。
湘南海岸の波打ち際をしばらく歩くと、湘南モノレールで大船へ。このモノレールがまた笑ってしまうくらい乱暴な走りで、乗るたびに気分が悪くなるのだ。今日は何だか気分がいい。ジェットコースターに乗ってるみたいだった。
これで、今日の行き当たりばったり、思いつき、気ままな小旅行は終わるはずだった。
・・・・気が置けない仲というものは・・・。大船からなんと中目黒へ向かい、今度は目黒川沿いに800本という桜並木を歩いた。絶好のロケーションのバーに入り、蝋燭が灯されたテラスからビールを飲みながら夜桜見物。
いつまで経っても家にたどり着けない私たちに、1日の終わりを告げるかのように雨が降ってきた。土砂降りの雨に打たれながらも気分は爽快。
あ~、盛りだくさんな1日だった~。
..2004年4月1日(木) No.187


リフレッシュ!!

久しぶりにハングル講座へ。長い間勉強してなかったので、捨て身で参加。これがまた良かったんだな~。ヒアリングが上達してた。その後福島三郎さんからのお誘いで韓国料理屋へ。福島さんは、2月に高崎で撮ったCSのドラマの編集をやっていたと言うことで、スタッフさんとも再会。みなさんのリクエストにお応えして注文を全部韓国語で、私のやった”典子”のセリフを韓国語で再演した。店の従業員に「韓国人より発音がきれいです。とっても上手ですね!」と誉められ、”も~、そんなのお世辞に決まってるやないの~。”と思いつつも、調子に乗ってまたまた朝まで飲んでしまった。
少し休むと今度は都内の一流ホテルへ。この日は女友達と気分転換にホテルでまったりと過ごす約束をしていた。2時にチェックインして、翌日12時のチェックアウトまで部屋から一歩も外に出ることなく、ず~っとだらだら飲んで、喋って、適当に横になり、まったりとした22時間を過ごした。37階から見える都会の、時間と共に移りゆく姿はとても美しかった。
..2004年3月14日(日) No.184


プルルルル・・・

ここのところ着物を着て帯で体を締め付け、立ったり座ったりだけの運動しかしていなかったせいもあってか、かなり身体がくたびれていた。
運動不足は夢に影響して、よくスポーツを楽しんでいる夢を見るようになった。
今日2ヶ月ぶりに能のお稽古に。2ヶ月間能のことをすっかり忘れて過ごしてたと言うのに、結構地謡が頭に入っていた。基本の所作も先生からの指摘が少なくなっていた。
何事も集中してやればいいってもんじゃないんだな~。集中してある程度やったら嫌になる前にすっぱりやめてしばらく忘れてれば、勝手に身体の方で勉強してくれるってことなんだろうか。
帰り、混んだ電車の中で立って本を読んでいたんだけど、電車が揺れて足を踏ん張る度に、ガクガク・・・、プルッ、プル、プル・・・、プルルルルル・・・。筋肉が激しく痙攣をおこしていた。まるで立ったまま貧乏揺すりしてるみたいでちょっと恥ずかしかった。
..2004年3月10日(水) No.183


いや~、春ですね~。

と言いたいところですが、雪ですよ、雪・・・。
もうすぐひな祭りですよ。私の記憶では、ひな人形は春の陽気、暖かい明るい光が差し込む部屋に静かにいるもの。
なのに、この気候はなに?
何だか感じわるいな~。
..2004年3月1日(月) No.182


高崎の夜

CSのドラマのロケで群馬の高崎へ行った。
かなり予定より早く撮影が進み、次の日の分まで全部撮り終えてしまった。
おとなしく帰ろうとしたのだが、何せメンバーが福島三郎さん、相島一之さん、菊池均也さんなどなど・・・。
”一時間だけ・・・、そして最終の新幹線で帰る!”とは言ってみたものの、おいしいおでん屋のおでんで酒がすすみ、次の小料理屋ではおいしい天ぷらに鴨鍋・・・。
帰れるわけないじゃん!!
結局朝まで飲んで、スタッフさんが深夜ホテルの従業員を起こして部屋を予約してくださった。いつも飲み屋では顔を合わせていたんだけど共演は初めてという、神野美紀さんと同じ部屋に泊まった。
高崎と言えば、だるま弁当。ずいぶん前、東京サンシャインボーイズの「ショー・マスト・ゴー・オン」にこのだるま弁当が登場したのを見てからずっと食べたいと思っていた。そして帰りの新幹線の中で、締めくくりに念願のだるま弁当を食べると、高崎でのほんの短い間の出来事が楽しい思い出に変わっていくのを感じた・・・。
..2004年2月26日(木) No.181


高木均さんの御冥福をお祈りいたします

ムーミンパパの声で知られる高木均さんが、2月11日ご逝去されました。
私は何度かご一緒させていただいているのですが、一番印象に残っている舞台は、’97のヨッシ・ヴィーラー演出による「パウル氏」。精神薄弱児のアニータ(私)を誰よりも理解し、愛してくれるパウル氏を高木さんが演じていたのです。
毎日のようにお互いの演劇論を語り、熱が入りすぎてケンカになることもしょっちゅう。今思えば、こんなぺーぺーの話を真剣に聞いて下さる先輩は高木さんくらいだったと思う。
とても情熱的な方でした。
去年の夏、高木さんが出演なさった”ゴロヴリョフ家の人々”を観た後お会いして、”タンクレート・ドルストさん(パウル氏の著者)が私たちの「パウル氏」を気に入ってくださってて、書斎のテーブルに今でも均さんと私の写真を飾ってくださってるようですよ”とドイツからの情報をお伝えしたのが最後になってしまいました・・・。
あの時の”あ、そう。ホホホ”と笑った顔が印象に残っています。
ありがとうございました。
..2004年2月16日(月) No.180


本物

今、撮影している「菊亭八百善の人びと」は、料理番組「郁恵・井森のデリデリ・キッチン」でおなじみの、十代目・栗山善四郎さんのご先祖様達の物語。
板前さん役の方達は、栗山先生から江戸料理の方法を学び、私は仲居の役なので、橘芳彗先生から料亭の仲居の所作指導を受けている。
何せ、400年以上の歴史を持つ高級料亭だから、いい加減ではいけない。この撮影が終わる頃には、一人前の仲居になれるかも・・・。
そして撮影中、本物の八百善調理を口にした。”おいし~い”と言う言葉が出てこないのだ。深い、ずっしりとした味わい。手間がかかって、まごころがいっぱいこもった料理というのが、たった一口でわかる。なんなんだろう・・・この気持ち。しばらく、胃の中におさまった料理と静かに対話をしているようだった。
食器類なども何百年の歴史をもつものなどがたまに紛れ込んでたりして、非常に神経を使う。歴史の教科書にも載ってるペルーの黒船。あの時、八百善の料理でもてなしたらしく、もしかしたら、その時使われてた物かもしれないし・・・。
毎日妙な汗かいてます。
..2004年2月8日(日) No.179


映画「クイール」試写会

見てきました。犬の演技が上手くて・・・。泣いてしまった。
自分のところはと言うと、緊張してよく見られなかったです・・・。
ぜひ映画館へ足をお運びくださいますよう。3月13日からロードショーです。
そして、今日は劇団のファンサービスデー。稽古場の近くの浅草ビューホテルへ・・・。
浅草にあんな立派なホテルがあるとは・・・。中くらいの大きさかな?と思ってた私は、途中何度もビジネスホテルやラブホテルに入りそうになった。
終了後、お疲れ様~と酒を酌み交わすうちにすっかり盛り上がってしまい、木下浩之さんや、青山伊津美さん、石田登星さんと、新宿2丁目へ移動してまたまた朝まで飲んでしまった。みんなよく喋るから、いや~盛り上がった盛り上がった。
もう飲めない・・・。
..2004年2月3日(火)? No.178


姫路

ドラマの撮影で、初めて姫路に行った。
例によって、ここぞとばかりに観光・・・と思ってたんだけど、そんな余裕まったくなかった。撮影が終わったのが夕方。その時間帯の新幹線に乗ったとしても、家に着くのはけっこういい時間になってしまう。そう、姫路はやっぱり遠いところだった・・・。
それでも帰り40分くらい時間があったので、中には入れないけどせめて姫路城くらいは見ておこうと、天守閣目指して歩いたけど一向にたどり着かず。どこまで歩いても、ちっちゃ~いお城が見えるだけ。
けっこう粘り強い私もさすがにイライラして、急遽商店街巡りに切り替えた。
・・・はいいけど、これまたけっこう広い商店街で、隅々まで見ることができず・・・。でも時間があってじっくり店内を見ることが出来たら、何か掘り出し物がありそうな雑貨屋や、すごい素敵ないい品揃えの革製品のお店を見つけてしまった。
けっこうハードだけど、むっちゃくちゃ充実した40分間でした。
..2004年2月1日(日) No.177


キヤノンの受賞インタビューがアップされました。

昨年12月、大藤健士さんが『キャノン・デジタルクリエーターズ・コンテスト』でデジタル写真部門の「ゴールド」を受賞した、「popular mchanics」の受賞インタビューです。10年前の私に出会える・・・。
http://web.canon.jp/cdcc/interviews/index03.html
ちょっとのぞいてみませんか~?
..2004年1月25日(日) No.176


着信・・

小さい頃、誰かに映画館に連れて行かれて、初めてホラー映画ってものを見た。
大林宣彦監督のデビュー作「ハウス」だった。しかも、一番前だった。
独創的でファンタジーな作品なんだろうけど、かなりインパクトがあった。
“マック”って子が井戸に落ちたんだけど仲間達はそれに気づかず、井戸で冷やしてあったスイカを引き上げて「おいし~い!」って言いながら食べてたら、一緒に食べてる家の主・南田洋子の半開きの口の中で“マック”の目がキョロキョロした時には、もう怖くて死にそうになった。
それ以来スクリーンでホラーを見ることはなかったのに、たまたま2枚チケットが手に入ったので、友達に声をかけた。
私:「ねえ、ホラー好き?チケットあるんだけど・・・。“着信拒否”。」
友:「え?!“着信拒否”?!」
私:「・・・・。あ、間違えた・・・。“着信アリ”だった・・・。」
もうすでに怖じ気づいてしまっていた。
何人もに断られ、やっと一人つかまえた。
見てる間中、じっとしてると死んでしまいそうだったので、常にごそごそ体を動かしていた。そしてびっくりして“ハッ!!”となった時に心臓が止まってしまわないように、恐怖が近づいてくると先に大きく息を吸った。“早く、解決してくれ~”と祈りつつ・・・。
見終わったらなんと全身筋肉痛。二十数年ぶりに見たホラー映画で、やっぱり私には無理だと思った。また二十数年後に見る機会があったとしたら、マジ死ぬんじゃないかな・・・。
..2004年1月24日(土) No.175


裸でスキップ

”謎の下宿人”の時の佐藤仁美ちゃんとヘアメイクさんと一緒に、ラッパ屋の2年半ぶりの舞台を観に行った。
何だか劇団員全員が2年半という月日を経て、熟成されたって感じだった。そして妙にまとまりがある。
どうも男女関係と同じで、毎日顔合わせてるとケンカばっかりしてるくせに、たまに会うとお互いやさし~くいたわり合って、とても仲が良くなるみたいだ・・・・。
そして2軒はしごした。2軒目は鈴木聡さん、おかやまはじめさん、木村靖司さんと一緒に新宿2丁目のおかまバーへ。
飲んで、語って、歌って、騒いで、やっぱり今日も帰ってきたのは7時すぎだったな~。
..2004年1月22日(木) No.174




昨年ひょんなことで、稽古を見学に行ったらいつの間にか能舞台に立っていた、と言うあの信じられない夢のような出来事から1ヶ月。
何かに引き寄せられるかのように、今日から生徒の仲間入りをした。
ほんとにこんなはずじゃなかったのにな~。でも先輩たちが自分の人生を振り返ってよく言うじゃない、”人生に無駄なことは何もない”って・・・。
もう始まってしまったからやるしかない・・・。
またもや、厳し~いお叱り、ご指導が・・・。
「(扇を持った)小指に力入れるんだよっ!」「肩の力抜くんだよっ!」「上に伸びるんだよっ!」「一点に集中して、そこに向かって行くんだよっ!」「胸から出るんだよっ!」「気持ちが前に行かないとだめなんだよっ!」「何で足を出すんだよっ!」
ふぅ~っ。これだけ読むと、”なんのこっちゃ?!”と思われるでしょう・・・・。
お稽古終わったら、汗びっしょりで、よれよれになってた。
能ってものを作り出した人達はすごいな~。そしてそれが現在に継承されてるからまたまたすごいや。
遠い日本の昔に想いを馳せつつ・・・。
..2004年1月19日(月) No.173


風の谷のナウシカ

泣いた泣いた~。何度見てもええ作品や~。
「その者~青き衣をまといて~金色の野に降り立つべし~」あのラストシーン最高!鳥肌が立つ。号泣。そう言えば、幼い頃のナウシカの物まねよくやってましたわ・・・。
”木々を愛で虫と語り 風をまねく鳥の人・・・”なんて素敵なの?!
ナウシカ、あこがれやわ~。
あかんあかん、現実を見つめよ!
..2004年1月17日(土) No.172


新年会

恒例、ナミギンの新年会はボーリング大会から。
練習の時は、めちゃくちゃ調子よかったのに、いざ”プライドをかけた試合”になると気負いすぎたのか、めちゃくちゃ調子悪くなって、我がチームのリーダー福島三郎さんと柴山智加ちゃんにフォローしてもらった。最後の最後に調子が戻ったけど、時すでに遅し・・・。
八嶋智人君は本番に強く、あのでかい声でみんなの投球の邪魔をしていた。その影響を一番受けて、集中力をかき乱されたのは甲本雅裕さんのようだった。彼はとてもデリケートなのだ。
”プライドをかける”と言うことが、役者をこんなにも過酷な状況に陥れるとは・・・。
私は年々スコアが低くなっていく。そしてプライドがなくなっていく・・・。
..2004年1月13日(火) No.171


おみくじ

今日は小・中学の時の友達と新年会。
懐かしい話に大笑い。そんでもって、それぞれの生き方にものすごいドラマがあるもんだから、感激!!
もちろん飲んだ後は、カラオケへ・・・。むか~し文化祭のステージで熱唱した(?)歌を懐かしさやら、恥ずかしさやら、おかしさで大爆笑しつつ歌った。その頃からすでに23年という月日が流れていることに、またまた涙しながら笑った。
月日が流れるのが早いと感じる時って、こういう時なんですね~。こんなに歳くってるのに、気持ちは小学校のままなんだから・・・・。気持ち悪い!!
そうそう、今日おみくじをひいたの。そしたら、なんと”凶”!!
新年早々、しかも今年は気合い入れて新年を迎えただけに、どうも納得がいかずもう一度トライ。
底の方をかき回して「えいっ!!」・・・・・・・・・・・・・うそだああああ!!・・・また“凶”!!!・・・・・こんな・・・・こんなことってあるのぉぉぉぉっ!?
「おみくじの箱の中に、“凶”は2~3枚しか入れてない」って、どっかのお寺だか神社の人が言ってたのに・・・・。ってことは、私はそれを全部ひいてしまったことになるの。
ああ・・。ああ・・・。ああ・・・・。
でも友達は、「そんなことめったにないことだから、運がいい」と言ってくれた。
ものは言いよう。
..2004年1月4日(日) No.170


あけましておめでとうございます。

心機一転、いい年にしたいですね~。
そして今年も一喜一憂。・・・何でも来い!
皆さんにとって素敵な一年でありますように・・・。
本年もどうぞご贔屓に。
..2004年1月1日(木) No.169
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