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これまでの日々~2003

帰省

ピーク期だってことも考えて、羽田に早く着いたらおみやげ買ってお茶でもしてればいいか・・・と普段では考えられない、1時間も早めに家を出た。
最近はバスを利用することが多い。かなりのんびりとバス停へ・・・。すると乗客が1人しかいない。”ラッキー!”って思ってたら、なんと高速道路で事故が発生して、羽田へは2時間以上かかると言われてしまった。その上、一般道路でも事故が発生しているのでタクシーも無理となり、急遽電車で移動することに。あんなに早く家を出たのに~!そこからは、走った走った!ホント何が起こるかわからないものです。普段とちょっと違う私でよかった・・・。
飛行機には、親達の年代にファンが多い某有名歌手が乗っていた。
徳島に到着すると、迎えに来ていた両親は、私より先に出てきたその歌手にはまったく気づかず、一所懸命私に手を振ってくれていた。彼らには、テレビで見るのと実物との差が大きいようだった。
そこで私が報告すると、目で追いじっくりその歌手を確認すると、ニコニコ微笑んで二人並んで一生懸命手を振っていた。
..2003年12月28日(日) No.168


置き土産

年末の大掃除が大嫌いな私は、普段から少しずつ掃除をするように心がけているので、あまり掃除することもないんだけど、天気がいいので窓を開け放って無理矢理掃除をしてみた。
一仕事終えて休憩してたら、ベランダで何やら音が聞こえてきたので、そっと見てみたら“ヒヨドリ”(よく知らないし見たこともないんだけど、何となく)みたいな撮りがやってきた。
セキセイインコがふたまわりくらい大きくなった感じの“美しいグレー”の鳥。
とても敏感で、私が視線をやっただけなのにもう気配を感じて振り返るので、バッチリ目が合ってしまった。でも飛び去ろうとしないので、私はヒヨドリ(?)をずっと見つめていた。
思わず微笑んで「かわいい~」とつぶやいたまさにその瞬間、“ベッ”というか、“ボトッ”というか“ビトッ”というか、赤紫のラズベリージャムみたいな糞をおしりから出すと飛び去って行ってしまった。
「!」衝撃的だった。
“きっと何か赤い実を食べたのね・・・。これが食物連鎖なんだわ・・・。”と今ではヘドロのように変化してしまった、やつの“置き土産”を睨みつつ、すっかり乾いて自然が持ち帰ってくれるのを祈るのだった・・・。
..2003年12月21日(日) No.167

忘年会。

いや~またまたはしごしてます。
昨日は『7ストーリーズ』観に行って、出演者の方々と忘年会かねて飲みまくり、ラーメン食べて帰ろうと言ってたんだけど、帰らず・・・、カラオケ行って、家にたどり着いたのが朝8時頃だったかな?
今朝「久しぶり!メールどうもありがとう。」と携帯にメールがどしどし届いてて、”何だろう??”と思ってたら、酔っぱらった勢いで夕べのうちにどうもメールを送りまくってたみたい。親友からも、「今日清美ちゃん、何時頃家に来るの?」と電話があり、”何のこっちゃ??”って思ったら、夕べ酔っぱらってそういう約束をしたらしい・・・・。そう言えばそのような会話の記憶がところどころ残ってはいたんだけど、帰りの電車の中で眠りについた時に見た”夢”だと思ってた・・・。あ~こんなの初めて。おそろし~。
そして今日は韓国語講座の忘年会に行った後、何故かシアターガイドの忘年会に潜り込んでビンゴゲームまで参加してた。おそろし~。
あ~、おそろし~。
..2003年12月19日(金) No.166


信じがたい出来事

この間、ひょんなことで観世榮夫さんに能を教わっているという方に知り合い、“古典芸能”についてや、今の演劇状況のお話しなどしてたら、「お稽古、見においでよ~。」と言われ、「ぜ、ぜひ拝見したいです!おもしろそ~。」

で、見学させてもらうことになりました。
観世さんの前にかしこまり、「谷川清美と申します。お稽古を拝見させて頂きます。」と挨拶をして、見学・・・・、のはずだった。
気がついたら、私は能舞台に立っていた・・・・。見よう見マネで、基本の能の動きをやり、手の動かし方や身体の重心のもっていき方を間違えると、「そんなことありえないだろう!!」と怒鳴られ、聞きよう聞きマネ(?)で地謡を謡い、声がずれると「ちゃんと合わせてくれよ!!そろってないのなんか気持ち悪くて聞いてらんないよ!!」と怒鳴られていた・・・・。
私も「はい」と目をしっかり観世さんに向け、“これでいいのか?こうすればいいのか?”などと必死であれこれ考えながらお稽古をしていた。
こんなはずじゃなかった・・・・と、2時間のお稽古が終わってから、信じがたいまるで夢でも見ていたかのような出来事に呆然としてしまった。
そのあと観世さんや生徒さんと一緒に飲みに行ったんだけど、私は観世さんのことを「観世先生」と呼ぶようになっていたのには、我ながらびっくりしたし笑ってしまいました。
さすがです・・・。
..2003年12月16日(火) No.165


行ってきました

【『キャノン・デジタルクリエーターズ・コンテスト』という公募展で受賞することになりました。
受賞作品は、谷川さんにご協力いただいたあの作品です。タイトルは「popular mchanics」と改題しました。受賞内容はデジタル写真部門の「ゴールド」です。
今週12月5日に正式発表と授賞式があり、6日から14日まで青山のスパイラルホールの受賞展で展示されます。】
行ってきました。会場でばったり大藤健士さんに10年ぶりぐらいに会った。そう、この作品製作してから8年だと思ってたら、もう10年経ってたそうで・・・。
会場には、若かりし頃の私が・・・、無垢な、素朴な、純真な、希望にあふれているようでいて、とても不安げな私が、26枚の写真の大部分に写ってました。
”この人が、写真の人。”と、会場にいた何人かの方に紹介されたんだけど、さすが皆さん信じがたいご様子。”おめでとうございます~”と言いつつも、しっかり、帽子越しの私の顔をのぞき込んでいらっしゃいました・・・。
だって、10年だもん、10年。
..2003年12月14日(日) No.164


今日は誕生日~

一年は早いな。
またひとつ歳をとってしまいました。
タイミングよく、佐藤仁美ちゃんからメールがあったので、「今日は私の誕生日~。○歳を迎えました~。」と返事したところ、「もう そんな おばはんになんねんなあ・・・おめでとう・・・いい結婚ができますように。」って送ってきやがった。
・・・・おばはん言うな!・・・・結婚言うな!
それにしても磯野きりこさんの結婚は我が事のようにうれしかったな~。
..2003年12月12日(金) No.163


歴史に残った台風

なんだか、連日の激しい雨にうんざりしてたら、実は台風だったってのにびっくり。
冬に台風が来るなんて・・・。
この時期に台風が来たという記録はこれまでになく、”歴史”に残ったらしい。
そのうち四季がいっぺんにやってくるようになるんだろうか。
花が咲き乱れ、木々は紅葉し、台風がやってきて、雪を降らす・・・。
う~ん、心身共に異常をきたしそう。
..2003年12月3日(水) No.162


虫たち

空気の入れ換えで窓を開けっ放しにすると、必ず2~3匹の蜂やらハエが入ってくる。部屋が臭うのか??とちょっと心配したけど、実はランの蜜の香りに引き寄せられていたみたい。花がなくても甘い蜜をだしていた。何でそんなことするんだろう・・・。
おかげでここのところずっと、部屋に迷い込んで出て行けなくなった蜂と寝起きを共にしている。一日たてば、蜂も冷静になれて逃げ場がわかるみたいで、翌日になると窓際にとまり窓が開くのを待っている。開けてやるとすんなり出て行く、けどまたすぐ違う蜂が入ってくるんですけど~。
蜂との生活にすっかり慣れてしまいました。
..2003年11月22日(土) No.161


芸術の秋?

今月は芝居やダンスを観まくっていた。今週は5本。
観終わったら飲みに行く生活・・・。そして食欲の秋・・・・。
すっかり胃が弱っていたみたいで、さすがにひどい二日酔いになってしまった。
それでも、出かけなければいけないわけで。
顔青ざめ、脂汗をにじませ、寒気がして、少し動いてはトイレに駆け込み、集中しては気分悪くなってトイレに駆け込み・・・・。
結局、翌日までひきずってしまった。
痛い目に遭ってからじゃ遅いんだ!と常に思っていても、やっぱり繰り返してしまう・・・。
..2003年11月20日(木) No.160


植えかえ

ここのところ水やりだけして、あまりかまってなかったら、いつの間にか植物達が見えないところで成長しているのに気が付いた。根が鉢の底から伸び、芽もなぜか光を求めたあげく鉢の底にたどり着いたらしいものもいたりする・・・・。
投票日の今日は近くにある小学校(投票会場)までの道がとても賑やかで、私も1票投票すると、その足で近くのホームセンターへ向かった。
植物の土と鉢を両手にかかえて帰って来ると、”おまたせ・・・・”、”ごめんよ~”、”なんだよっ、成長しないのは私だけかよっ・・・”などとぶつぶつ言いながら植えかえ。
もう外も寒くなったし、部屋に入れてあげることにした。この間部屋の模様替えをしたばかりで、とてもすっっっきりした部屋の日当たりの良い場所をすべて占領された。
気のせいか・・・ゆったりと居座った植物達に囲まれて、酸素過多で息苦しいっ・・・・。
..2003年11月9日(日) No.159


秋の京都

木々の葉がほんのりと、まばらではあったけれど、紅葉してました。
最後の撮影になるので、ここぞとばかりにいろんなところに足をのばして、ぶらぶらと歩いてきました。
京都はホントに歩ける、歩いてしまえる街ですね。少し歩けばお寺や神社にぶち当たり、古都の町並みや自然に誘われ、知らず知らずのうちに軽く10キロは歩いてました。
さて、映画ですが・・・・。来春公開になる崔洋一監督の「クイール」は、前売り券(1300円)を買うと、映画「クイール」の特製バッグがついてくるそうです。そして前売り料金の内100円が日本盲導犬協会に、盲導犬育成のために寄付されるそうです。
何だか”もととれるの?”って感じでしょ?
関心のある方は前売り券でのお買い求めをおすすめしますわ。
..2003年11月2日(日) No.158


韓国語

本格的に韓国語を学び始めて1ヶ月が過ぎた。
先日、日韓合作「その河を越えて、5月」(’02)の韓国側の作家・金明和さんが来日した。さっそく、小須田康人さんや佐藤誓さんに連絡してお食事会をし、その後浅草を案内。
もうみんな韓国語がなかなか出てこず、冷や汗たらたらだった。
そんな苦労をした2日後のレッスンで不思議なことが起こった。韓国語が口をついて出てくる出てくる・・・。やっぱり、”何とか話さないと生きてゆけない~”と言う気持ちあれば、言葉を覚えるようになるんですね。
そして、明和さんとmailのやりとりを始めたのだが、なんと私からのハングルmailは文字化けして見られないと言う・・・。そこで、私からのmailを英語にして、勉強のためにも明和さんからはハングルで送ってもらうことにした。
だから今私は、英語も勉強しているのです・・・・。あ~楽しい・・・。
..2003年10月26日(日) No.157


地震

京都ら帰って、床一面に広げた荷物の整理をしていたら、”ドドドドドドド”と地響きがした。正座をしたままの身体が、何かが迫り来るような低い音と振動に合わせて、細かく上下した。
ピョコピョコなりながら、穴から出てきた”リス”または”てん”のように背筋を伸ばして、辺りの様子をうかがった。(このとき、戦車の大群が押し寄せてきたかと思ったのだ。そんな感覚知らないんだけど・・・)
しばらくするといつもの地震の感じ(横揺れ)になったので、”くのいち”のごとく部屋を移動すると勢いよく窓を開けて、出口を確保した。
前回出来なかったことが今回実行できた。ヒトは学習するのだ・・・。
..2003年10月15日(水)? No.156


地震

何だか、毎日のように各地で地震がおきている。
もうずっと、関東大震災が来ると言われ続けてるし・・・、そろそろなのかっ!?
天災ばかりは身の隠しようがないもんな~。
小さい頃映像で、地面が割れたところに人が落ちて自力で脱出しようとしていると、割れた地面が閉まっていく(元に戻ろうとする)、というのを見て、しばらく夢でうなされたことがあった。
それだけは避けたい・・・。
..2003年10月1日(水) No.154


霧に包まれた夜

濃霧だ・・・。
ひと気のない静かな住宅街を歩く。今夜はやけに静かだ。私の足音も霧に吸収されてしまう。街灯の光がまるくぼんやりと霧に浮かんでいた。
時々走り過ぎてゆく車のヘッドライトの光は、放射線状に霧を明るく照らしてまるで絵に描いたかのようなわざとらしさ。
なんて幻想的な夜・・・。身体が霧に包み込まれている。”大きなもの”に抱かれたような何とも言えない安心感。そのうち身体の中からも包み込まれたくなって、私は大きく口を開けた。
..2003年9月26日(金) No.153


京都の晩夏

崔洋一監督の映画「クイール」の衣裳合わせに京都へ。
夏の京都は暑いと聞いていたので、残暑もきついんだろうなーと思って覚悟して行ったんだけど、それほど暑くもなくちょうどいい気温で助かった。
余裕をもって行って、観光でもしようかとガイドブックを持ってったものの、全くそんな楽しい時間は与えられず、即招集がかかってしまう。
仕方がないので控え室での待ち時間、”今度京都に来たときは~”とじっくりガイドブックに目を通した。
帰りの新幹線の車窓から小さくなってゆく京都の夜景を眺めつつ、”これからの季節、京都は最高なんだろうな・・・”と思うのだった。
..2003年9月14日(日) No.152


夏の終わり

600年に一度の火星の接近。とてもじゃないけど私の生活圏からは見ることができないのであきらめていた。
今日”クニミツの政(まつり)”の撮影があった。撮影現場のすぐそばで、なんと花火大会があった。
花火大会に合わせて休憩に入って(決して祭り好きなわけではなくて、花火の音を避けるため)みんなで現場の一室から花火を眺めた。眺めた・・・と言うロマンチックな表現はふさわしくないか・・・。花火を見てかなり盛り上がった。
すると誰かが、”火星も見えてるよ”と言った。私は”どれ?どれ?・・・・あれ?この角度のあの赤いのが火星?”と身振り手振りで聞くと、かなり興奮してしまった。
だって、水平線上の夜空いっぱいに広がった花火の横に、火星が並んでるんだもん・・・。
地球(ここ)と宇宙(あそこ)・・・素敵だった・・・。いい夏の思い出になった。
・・・・私、仕事しに行ってたんです。
..2003年8月31日(日) No.150


人生ゲームpart2

前日、「謎の下宿人」で一緒だった妹役の佐藤仁美ちゃんと、ヘアメークの野崎陽子ちゃんと、その友達のターザン(勝手にあだ名をつけてしまった)と焼肉食べた後、カラオケに行って、朝まで狂ったように歌い続け、仕上げに花火買って空き地で花火して思いっきり楽しんだせいで、次の日は思いっきり疲れてしまった。
どろどろの状態で一日が終わりかけた時、親友からの電話。彼女もハードだった1日を終えようとしていた。会ってお茶をして、近況をあれこれ話していたら、また出てしまった「人生ゲームやろうか」という言葉。前回がひじょ~に楽しかったので今度はワインなんか用意して、つまみも適当に作って、準備万端。
今度はうろ覚えでやるのではなく、ルールをよく把握した上でやろうよってことになって、説明書を手にゲームスタート。
こんなに決まり事があったの!?ルールに振り回されて、束縛されて、もうあっという間に酔っぱらってしまい、あんなに回すのが楽しみだったルーレットも、カチャと音がする程度で隣の数字で止まってたりする。
今回私は「田舎暮らし」ではなく「億万長者」にはなったけど、持ち金を数えることもなく、親友は人生をゴールさせることもなく、おしまいになってしまった。
でもまた知ってしまった。これまでいかに自分たちが都合のいいように生きてきてたかを・・・・。
..2003年8月12日(火) No.149


台風10号

四国東部を縦断。私の実家では、台風の目にすっぽりおさまり、無風状態で澄みきった夜空が広がったと言う。(それを聞いて、台風の大きな瞳が地上を見つめていると思っていた、幼児期の記憶がよみがえってきた。)台風が過ぎていくと、庭の花という花はすべてもぎ取られ、木はあちこちで倒れてしまったらしい。
台風の中出歩くのはほんとに怖いんだけど、今日は三軒茶屋のシアター・トラムに「nobody Eve」を観に行くことになっていた。ぎりぎりまでねばって外の様子を窺って、小康状態を確認すると家を飛び出して、一気に駅まで走って行った。
女性4人がそれぞれにたくましく生きている人達だった。静かに踊っている時には、頼りないながらも支える物は自分しかいない、だからこの体で踊るしかないのよ・・・、丁寧に丁寧に体を動かす姿からはいろんな言葉が聞こえ、いろんな感情が表れ、”人間の存在”が見えた。激しく踊りだすと、不思議なことに”女性の存在”が見えてきた。
何がそうさせたんだろう、その違いがどこにあったんだろう・・・。
..2003年8月9日(土) No.148


浪曲

国本武春さんの浪曲を聴きに行った。
以前ラッパ屋の「阿呆浪士」に客演なさった時、彼のすごさを知った。
終演後飲みに行った時、指先がカットされた手袋をつけていたので、なぜかと聞いてみたら、”三味線を弾くための大切な手だから”とおっしゃってた。
現代版浪曲に古典の浪曲。どちらも笑って、泣いて・・・・。
客のつかみもすごくて、観客全員をあっという間にのせてしまった。
ほんとに天才とは彼のことを言うんだろうな~。
9月から1年間、再度渡米して充電してくるそうだ。1年後がほんとに楽しみ。
..2003年8月5日(火) No.147


フラメンコ

「抱擁ワルツ」など、太田作品でいつも一緒の円の演出家・阿部初美が3ヶ月のドイツの研修から帰ってきたと思いきや、スペイン人を引き連れてきた。
彼の名はアンドレウ・カランデール=ゴッシェウスキーさん。フラメンコと人形を使った実験的な舞台。共演の、ジプシーの血をひいてるファラー・アメーと言う女優さんがなんとも言えない美しさ。”いいな~あんなにきれいに生まれて・・・”と釘付けになってしまった。
彼の両親がかつて日本に長く滞在していたと言うこともあり、日本での上演を夢見てたと言う。
そこで阿部初美との出会い。話が持ち上がって1ヶ月で上演にまでこぎつけた。そんな話聞いたことないし、不可能に近いと思ったが、確かに目の前には彼らがいる。えらい!
”出会いって必然なんだな~”とも思ったし、やっぱり人間、必要なのは”情熱”なんだな~とも思った。
..2003年8月2日(土) No.146


びっくり!

梅雨明けが8月なんてびっくり!
そして、2日ぶりにベランダに出て、またまたびっくり!
プランターのバラの挿し木が大きくなってた(成功)!
そして他の植物の葉が化け物のように大きくなってた!!
ここ2日間に何が起こったと言うんだ・・・・?
成長してくれるのはありがたいけど、ちょっと怖くなってきた・・・・。
..2003年7月31日(木) No.145




撮影も終了して、一息。
バラの芽がすくすくと成長している。
花屋さんに聞いたら、つぼみはないと思うから花は咲かないと言われた。でも、普通なら育てる段階で摘んでいってしまう芽がたまたま残ってたんだから、せっかくだし挿し木にしてみたら?と言うことで、挿し木の方法を教えてもらいさっそくやってみた。
バラを育てるのは難しそうだけど、ちょっと楽しみ・・・・。
..2003年7月29日(火) No.144




職業柄、お花をいただく機会が多い。
きれいに咲いた花にたくさんのつぼみ。でもそのつぼみが咲ききることはほとんどなかった。
花屋さんいわく、切り花は最初に仕入れた時の”みずあげ”作業にかかっているらしい。きちんと水あげができていれば最後まで、花は咲くと言うのだ。
今部屋に薔薇の花がある。一輪に対して一つの花というのが普通店頭で見受けられる姿。
ところが、葉の付け根の部分から芽が出て来た。日々大きくなっていくのがわかるほどぐんぐんのびている。こんなの初めて......。きっと水あげがきちんとされてたんだろう。
もしかしたら、そのうちつぼみをつけてもう一つ花が咲くのかも......。
期待しつつ毎日ながめている。
..2003年7月18日(金) No.143


コンテンポラリーダンス

5年前「水の駅3」で共演したダンサー、木佐貫邦子さんのレッスンに通いはじめる。
その頃からお誘いを受けていたのだが、木佐貫さんの数々の素晴らしい、みごとな舞台を拝見してはため息が出、怖じ気づいてしまっていた。
5年という長~い歳月をかけて、やっとの思いで勇気を振り絞りスタジオへ。
木佐貫さんからの抱擁。(やっと来れたよ私....)
何人かの知人は、私を見てみんなびっくり。しばらく口を開けた状態が続いた。
初級クラスなのに、いつも公演に出ている人達ばかり。(みんなプロじゃん......)
また怖じ気づく。
前半は何とかクリアー。後半の振り付けに入ると、もう自分の手や足がどこにあるのやら、どう動いているのやらさっぱりわからず。
コンテンポラリーダンスって見てる分には爽快感とか躍動感とかあって素敵だけど、やるのは極めて難しい......。
帰りの電車でもう筋肉痛。ん?....まだ若いな。.......まだまだいけるか。
..2003年7月8日(火) No.141


人生ゲーム

親友宅で食事をしてて、いつの間にかお互いの人生観を語りあっていた。
すると”人生ゲームやらない?平成版。”と突然言われ、何だかこの間の芝居で私こんなセリフ喋ってたよな~、と彼女を客観視しつつ”平成版か~、やろうよ!”ってことになって、2人っきりで、ゲームをやった。
腹筋が痛くなるくらい、よだれ出るくらい、涙ながしながら、吐いた息を吸えない程、笑った。ルーレットを回してコマを進める毎に一喜一憂する様が、いちいちお互いの性格がよ~く出ていて、また様々な不幸な境遇がとてもリアルにふりかかってくるのだ。
私は、ハイリスクコースを選ぶ傾向があり、人生後盤で金がおのずと入って来て、いつゴールしてもかまわないと指示されるのだか、彼女がまだ後ろの方で悪戦苦闘していたので、待ってあげる道を選んだら、旦那と離婚して子供まで連れていかれて、ひとりぼっちで田舎暮しになってしまった。
”ゲームだから.....。”とお互い肩をたたきあったが、学んだ。彼女への同情が私の人生をダメにする!
..2003年6月22日(日) No.139


親知らず(智歯)

知恵がついて、親から自立する時にはえてくるらしい”親知らず”。だとすれば私に知恵がついて、自立できたのは20歳の時で、下側左右にはえてきた。でも本人に似て中途半端な性質で、うまく歯茎を突き破ってこれなくて、むりやり抜歯。その時の痛みの経験から、上側の親知らずは放置しておいてしまった。噛み合わせのなくなった歯は、どんどんのびてしまうらしく、すでに長くなってしまっていた。磨く時も、自分が思っているところよりさらに2?奥まで歯ブラシ突っ込んで磨かないと駄目らしい。
ついに抜く決心がついた。先生に”下側の親知らずより簡単に抜ける”と説明されて、口を開けて麻酔を打ったら、あっと言う間に抜歯が完了してた。”な~んだ”って感じ。
..2003年6月12日(木) No.138


ほたる

近所にほたるの名所があって、もう時期はずれなんだけど見にいった。
1匹でもいいから.....、すると、2匹3匹と黄色い光が見えて来て、やがてふわふわと飛びはじめた。感動。
でも私が今までに見たほたるで1番すごかったのは(1万匹はいたかな?)、10年くらい前地方公演で山口県に行った時、夜の散歩で見たほたるだな~。場所は忘れたけど、今でも生息してるかな?あれは幻想的だった.....。
..2003年6月9日(月) No.137


マッサージ

歳とると肉体疲労は2~3日後に出てくるって言うけど、なるほど、歳だな。
もう全身がだるいと言うか、痛いと言うか、凝りすぎて眠るのも一苦労。
母親の紹介で、あるマッサージ師のもとへ.....。
効いた。と言うか私には合っていた。(合う、合わないってすごくあるみたいだから)
東京だと約30分の代金で、1時間45分もマッサージしてもらえた。
すごい!このお徳感がまた、凝りをほぐしてくれたような気もする。
..2003年6月7日(土) No.136


よっしゃっ!!

初日だ~。
昨日は昼に通し稽古、夜ゲネと初の2ステージを体験。
結果・・・非常に疲れた。今回は5ステージ連続公演(金1・土2・日2)が3回あるんだな~。どうかな~。
で、昨日は宣伝のための取材などがあったのだが、そのプレスの数に驚いた。
さすがジャニーズ!!
私はちらっと目にしただけだが、パルコのロビーが人と三脚など機材で埋め尽くされていた。すごいな~。
では、皆様のご来場お待ちしております。
..2003年5月4日(日) No.129


本番前日

明日から本番。
巷ではゴールデンウィーク。暖かくて、ほんと良い天気。
街行く人々の、楽しげな会話と、笑顔。
こんな人々が、芝居を見終わった後、また笑顔で会話を弾ませながら劇場を後にしてくださることを祈ります。
..2003年5月3日(土) No.128


あ~、最後の稽古だ・・・

よっしゃ、がんばろ。
..2003年4月29日(火) No.127


のんびりゆったり

今日は稽古が早く終わった。
久しぶりに早く帰宅して、まともな食事をとった。
そして、睡魔がおそってきた。
おやすみなさい。
..2003年4月24日(木) No.126


”やっと”なのか”もう”なのか

最後のシーンまでいってしまった。
まだまだスカスカなところがいっぱいあって、そこを埋めていかなきゃいけないんだけど、あまりにもその量が多すぎて、気が遠くなる・・・。
..2003年4月21日(月) No.125


最後の稽古休み

またもやスランプに陥っている・・・。
くよくよしてもいられない。
でも、今日は芝居のことは忘れることにする。
..2003年4月19日(土) No.124


またまた飲み会

今日、「奇跡の人」に出演出演してた松金さんが、帰ってきた。で、出演者が全員揃った!と言うことで飲み会。
ほんとに、すごいメンバーが揃ったものだ・・・と実感。沈黙がほとんどない!話題がとにかく豊富で、尽きることがない。そして、常に大爆笑。
芝居より面白いかも・・・。
..2003年4月14日(月) No.123


初めての飲み会

まだ本番中の方もいらして、メンバーが全員揃ってなかったので、飲み会をひかえていた・・・(?)。あともう少しで勢揃いするので、その時のための下見と言うことで、稽古場近くの飲み屋へ。
いや~、久々のお酒はホントにうまかった!
稽古は、毎日すごいペースで進行していく。動きや段取りがいっぱいあるから、覚えたくなくてもセリフを入れないことには話にならない・・・。
私自身がまだせっぱ詰まってないのだろうか・・・。こんなにセリフを覚えるのに苦労したことはない。
セリフ覚えがいいと評判の稲垣さんも、私たち(?)に気を使ってか、ずっと台本を手にして稽古している。
・・・・やっぱり、覚えづらいのか?
..2003年4月12日(土) No.122


やっとチラシができた~。

「謎の下宿人」のチラシがさりげなく稽古場に置かれていた。
本番まで1ヶ月をきっている。こんなに遅いんじゃ宣伝効果ゼロ・・・。
そしてチラシに目を通すと、東京公演のところには、一応上演日程を載せてはいるが、"SOLD OUT"と印刷されていた。
宣伝という任務を与えられたチラシが、“もう売り切れちゃった、ごめんね”と宣伝しているチラシを私は初めて目にした。
稽古場の近くは桜が満開。ここのところ、稽古場にこもるのがもったいないくらいの花見日よりだった。
毎日早めに出かけて、桜を眺めていた。
..2003年4月8日(火) No.121




すっかり春らしくなってきた。
世界では大変な事が起こっているにもかかわらず、今日も春の陽気を感じながら、平凡な一日が始まった。
眠い・・・。春だ・・・。眠い・・・。
..2003年3月28日(金) No.120


観劇

ダンダンブエノ「いなくていい人」観ました!
まさかこんなになってたとは!
びっくりした!
“これって、本格的じゃん!”
すごかったな~。
まだ、公演が始まったばかりなので、感想は控えますが、そんな感想。
..2003年3月13日(木) No.118


悪夢

何人かの仲間と宇宙のある場所に行くんだけど、まったく地球と変わらない星。そこに住む人は達は見た目人間なのに、接していくうちに様子が変わっていって、私の仲間は一人、また一人と殺されていく。最後一人になった私は生き残るために、その宇宙人と同化するという夢を二日前にみたところだった。
あまりにも気持ち悪かったので、友達に喋りまくってた。
そして今日、ウォーキング・スタッフの「SPACER~スペーサー~」を見て、びっくり、地球が設定にはなってたものの、私の夢は正夢だった。
..2003年3月11日(火) No.117


撮影終了

いやぁ~、半月かかりました。
サスペンスって、手がこんでるんだな。
それにしても、まるで舞台を終えた時のような充実感。
オンエアーが楽しみなのっ。(日記には殺されたシーンばかりだけど、ちゃんと芝居のシーンもあります)
..2003年2月28日(金) No.116


まだまだ撮影は続く

今日は、橋の欄干から落とされるシーン。
伊豆の大仁にて。駅前に一軒しかない喫茶店で、本隊の到着を待つこと3時間。すっかり、店の人やお客さんと仲良くなりかなり話が弾んだ。
撮影開始。5分で終了。再び東京へ。
..2003年3月26日(水) No.115


浮いた!浮いた!!

偶然にも、この一週間で唯一晴れた日だった。
殺害されて、川から死体が引き上げられているというシーン。特殊メークを施し下着姿の衣裳で現場へ・・。
河原では私の椅子が用意され、ストーブがガンガンたかれ、毛布やバスタオルを抱えたスタッフ、遠くから見つめる共演者達・・・。
なんか嫌な予感。ふと川を見ると、私のダミー(私と同じ姿のお人形)がぷかぷか浮いているではないか・・・。
すると監督の叫び声、“気合い入れて~!”。思わず、“よっしゃ~!”と返事したものの、次には、“なに・・、そこに浮かぶの??引き上げられてるんじゃないの??”
そしてダミーは引き上げられ、その場所に今度は私が浮いた。
冷たいという感覚はあったが、晴れ渡った空を見つめ深く深呼吸をした。まるで、水に浮かんだラッコになった気分だった。
ちなみにこの日は、もう一人の水死体がいたのだが、彼は、スタントマンで、ウェットスーツを着込んでの撮影だったらしい・・・。
いったん家に帰って湯ぶねにつかって体を温めると、休む間もなく今度はラジオの現場へと急いだ。
..2003年2月21日(金) No.114


「死体は語る3」

高島礼子さん主演の2時間ドラマの撮影中。原作は上野正彦さん。
原作を読んでいた私は、大喜びで参加。しかも、殺されて、死体になる役。
う~、しかも水死・・・。
さっそく、今日殺された。
..2003年2月18日(火) No.113


35歳検診

・・・・・。
体が資本の役者なのに、これまで健康診断というものを受けたことがなかった。
「検査の前日21時以降、何も食べないでください」と言われていたので、21時ぎりぎりまでねばって、飲み食いした。
いつも夜食をとって、お茶(中国茶)をがぶがぶ飲んでいる私に、何も口に入れないという事ができるだろうか。いつもの習慣で、ふと気付いたら口の中に食べ物が入っていたりして~。不安がよぎる。
結局、食べ物を目に付かないところに置いた。
身長、体重、体脂肪、尿、血液、心電図、レントゲン。
心電図は初体験。ベッドに横になって、何やら電極のようなものを手首・足首・胸部に付けられるだけなのだが、怖くて泣きそうになった。
血液検査の結果は後日。それ以外は、異常なし。
..2003年2月8日(土) No.112


ヴォルフガング・ライプ展

今、東京国立近代美術館でやっている。
ドイツの彫刻家。
たんぽぽの花粉や、松の花粉を採集して(なんて気の遠くなるような作業)作品にしたり、蜜蝋や、牛乳、米(種子)を用いた作品など。
いい、すごくいいのだが、空間(展覧会場)が今ひとつだった。この作品の良さが、うまく生かされてない気がした。
..2003年2月5日(水) No.111


鑑賞

映画3本立て。
タルコフスキーの「ノスタルジア」、「羽根のはえたサーカス」と言うフランスのサーカスの人達のドキュメンタリー。そして、テアトル・ジンガロの「エクリプス」と言う舞台を映像にしたもの。ジンガロは人と馬が一体となって舞台を創る。すべて計算され尽くしていて、馬にも人にも緊張感がある。私みたいに段取り間違える役者は、馬に蹴り倒されるのだろう。
充実した一日の締めは、焼肉で。
..2003年2月4日(火) No.110


鑑賞

ドイツ文化センターで、ほぼ毎週、金土、上映中の「ベルトルト・ブレヒトの工房から 映画」を見に行った。ブレヒトの遺品から見つかったプライベート・フィルムなど、興味深い作品で盛りだくさん。
しかも、遺族の要望で、一度きりの上映なのだ。
そして、時間を勘違いして、20分遅刻で、遊園地再生事業団の「トーキョー・ボディ」を観に行った。映像・言葉・肉体が、みごとに表現されていた。最初が見られなかったけど、十分楽しんだ。
そして、韓国料理を食べに大久保へ。
いろんな感覚が満たされた一日だった。
..2003年2月1日(土) No.109


お見送り

ヒョンジュの部屋で目が覚めた。
朝10:00ホテルから出てる、成田空港行きのリムジンバスに乗り込んだみんなとさよならをした。
..2003年1月31日(日) No.108


ツアーコンダクター

今日は、佐藤誓さんと私、よりによってあまり韓国語が喋れない2人が、韓国チームを東京案内。
まずは、ご要望にお応えして、六義園へ。中にある甘味処で、抹茶セットを食べながら風景を眺めるのだが、聞こえてくるのが、小鳥のさえずりなんかではなく、カラスの鳴き声・・・。すごい数のカラスのすみかとなっていたのだ。
浅草に行く途中で、ちょっと立ち寄っただけの上野のアメ横だったが、韓国チームがとても気に入っていたので、かなり長居をする。そしてご要望にお応えして、ちっちゃい汚いお店で熱燗を飲んで、みんな大満足。
そして、ヒョンジュ(その河~に出てたきれいな女優さん)の同級生が経営する「ST]という日本料理屋がある板橋へ。日本に料理の勉強をしにきて、まだ2年半だと言うのに、かなりの腕前である。
夜10時、残りの日本のメンバーと合流。私はもうすでに3軒目だったのでかなりの酒量になっていて、気が付いたらホテルのヒョンジュの部屋だった。
..2003年1月30日(金) No.107


朝日舞台芸術賞・グランプリ

授賞式。
会場で、「その河をこえて、五月」のメンバーと再会。
祝賀会の後の2次会では、いただいた賞杯や、賞金目録をなでまわした。
感無量。
..2003年1月29日(水) No.106


ん~

またまたダーツをやった・・・。
ダーツのルールを今回初めて知ったのだが、どんどん的に当てて(得点の高い所をねらえばあっという間に点数は減っていく)早く、ぴったり0にした人が勝ちということらしい。
この、“ぴったり0”にするのがなかなか難しく、そこがダーツのおもしろさのようだ。
そして3人で勝負。3ゲーム中、なんと2ゲーム私が勝った。
..2003年1月23日(木) No.105


ついに・・・

ダーツまでたどり着いた。
今ダーツが流行っているのか?みんな、マイダーツを持っているらしい。
1投目、なんと点数が倍になるという場所に当たった。ん~、何かに似ている、この感触・・・。
そうだ!ボーリングだ!!
またまた“素質ある”と言われてしまった。
..2003年1月21日(火) No.104


ゲーム

今、ゲームにはまっている。もう、誰も止められない。
単純なブロック崩しのゲームなのだが・・・。
自慢じゃないけど、いや自慢にならないか、いったんはまると、食事も睡眠も惜しんでやってしまうほどの集中力。
もう、過ぎていった時間は戻らない。
こうして、またもや人生を棒に振ろうとしている・・・。
..2003年1月17日(金) No.103


ナミギン新年会

昨日は、久々にナミギンのメンバーに会った。まずは、ボーリング大会。何年ぶりだっただろう・・・。小林隆さん、柴山智加ちゃんとチームを組んだ。そして“プライド”を賭けた対決(1位は一番プライドが高く、ビリが一番プライドが低いということになる)。
私たちのチームは意外とすごかったのだ。小林さんなんか、スコアがなんと196!!私も久々にしては調子がよく、129を出した。見とれてしまうくらいうまい村田雄浩さんに、「もしボーリングを本気でやる気があるんだったら、うまくなると思うよ」とほめられた!
でも、みんなとにかくうまい!あっちでもこっちでもストライクの音が鳴り響いてたくらい・・・。
結果、私たちのプライドは高い方から2番目だった。
その後は福島三郎さんの誕生会を兼ねた新年会。盛り上がりすぎて、あまりの楽しさに時間を忘れ、またもや終電を逃す。しょうがないな~と、みんなと一緒にカラオケに行った。でも、さすがに疲れ果ててしまい、椅子からずり落ちたまま、床で寝ていた。
今日は、一日中体がふらふらしてた。
..2003年1月14日(火) No.102


荷造り

東京に帰る準備にかかった。2週間も滞在してしまった。
あれもこれもと、食料やら食器やら(炊飯器まで。別に無いわけではないのだが)、母親に出される物を詰めてたら、6箱にもなってしまった。
大きくなっても、子供は子供なのですね。無償の愛に感謝。
..2003年1月10日(月) No.101


インフルエンザ

12月、東京で大流行していて、ニュースでも学級閉鎖などが伝えられていた。体力を消耗させてた私は、神経質なくらいに予防に心がけていたものだ。
ある日、ニュースで“インフルエンザの分布図”が出てきた。日本列島が真っ赤になってるなかで、緑色してすずしげに存在する箇所があった。四国と、北海道。
徳島に帰って、それを実感した。咳をしている人が誰もいないのだ。街行く人々の姿が、みんな“カラッ”っとしているのだ。
その徳島にも、いよいよインフルエンザが上陸したらしい。帰省した人達の置き土産なのだろう。
..2003年1月7日(月) No.100


初雪

東京より、およそ1ヶ月遅れて、徳島に雪が降りました。明日は雪だるまを作るんだと、母は大喜び。朝5時、庭に集合だと・・・。
..2003年1月4日(月) No.99


あけましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願い致します。
..2003年1月1日(水) No.98
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